消失点
今日は死ぬのにいい日だ。
波の女。
麗しき醜女

先日、舞台の稽古から帰る途中、言っちゃ悪いんだがブサイク同士のカップルを見ました。
人目をはばからず、抱き合ってイチャイチャしておりました。
なんか、二人ともチビで小太りで顔もイマイチどころかイマ三くらいでしたが、バカップルなカンジではなく、愛のあるイチャつきかたをしておりました。
これでいいんだな。
と、ほんわか感じてしまいました。
お似合いと言うか二人に無理してる感が全くなく、ほんとに自然に愛し合っておりましたので
「お幸せに」
と、心でつぶやいて帰りました。
かくありたいな、と。
三つ指ついてお嫁においで。

職場の休憩室にケーブルTVが入っておりまして、今日たまたま新しい「妖怪人間ベム」があってたのですよ。
噂には聞いておりましたので、休憩のかたわら眺めておりますれば、なんと!!
ベロの指が五本ある!!
昔のベロは三本指だったのに・・・・んんん〜・・・・
なんて差別だ!!
身体の欠損した者はアニメですら存在を許されないのか?!
常の身体と違いながら、
心は何よりも真っ当な、そんな妖怪人間の苦悩を描いてるんじゃなかったのか?
右を向いても左を向いても画面の中は五体満足者ばかり。
アメリカには身体欠損者の役者の組合があるそうです。映画プライベートライアンのオープニングなどでは彼らが大活躍したそうです。
日本にはそんなものはない。
せいぜい乙竹さんを珍しがってキャスターに起用したくらいでしょね。
それも一過性のものだったようだし、起用した側の目線は「不自由なのにがんばってるね!そんな彼をバックアップしてピックアップした私たちはなんていい人!!」
て、ところにあるのが見え隠れするんですよ。
それこそが差別じゃないか。
ほんとの平等ってのは、彼らが他の人に紛れ目立たなくなり、特別あつかいされないのが平等なんじゃないですかね?
もちろん、差別と区別は違いますので、身体欠損者の方や身体障害者の方を「自分とは違う人」と認識して、彼らの手助けをするのはいいと思うんですよ。
ただ、殊更に持ち上げたりまるで存在しないかのように隠蔽するのはどうかと思うのですよね。
知的障害者の方だって悪い人はいるし、天使みたいに心が澄んでるわけでもないと思うんですよ。もし、殴られたら殴り返していいと思ってますし。
ケースバイケースですけど。
おそらく、自主規制でベロの指は二本増えたんでしょうけど、表現者として伝えたいことがあるなら、そこは安易に変更しちゃダメだろー。
まあ、そこまでの気概があるなら妖怪人間ベムの現代リメイクとか作らないような気はするけど。
そんなことを考えた夕暮れ時でした。






